昆虫のふしぎ
(1)性的二型と性淘汰
昆虫のなかにはオスとメスで色や形が大きく異なるものがあり性的二型(せいてきにけい)と呼んでいます。
 たとえばカブトムシのオスには立派な角があるのに、メスにはありません。またニューギニア産のトリバネアゲハのオスは金緑色で美しいのですが、メスは褐色で地味な色合いです。

 これはなぜでしょうか?
もしカブトムシの角が鳥やサルなどの天敵と戦うためにあるのであれば、メスにも角が必要なはずです(メスだって天敵に襲われるのですから)。餌場をめぐる戦いもオスだけが行うわけではありません。
 したがって角はオスどうしがメスをめぐって戦うためのものであると考えられます。体が大きく、同時に角も大きなオスが小さなオスに勝って交尾に成功する傾向があるので、オスの体はどんどん大きく、角は長くなるように進化が起こるでしょう。このようにオスの武器が進化するプロセスを同性内性淘汰(どうせいないせいとうた)と呼んでいます。武器以外でもメスを効率よく発見するための感覚器(触角)などがオスに発達するのは同姓内淘汰の働きです。

 またオスがメスよりも美しいのは、美しいオスほど多くのメスを引きつけて交尾できるからであると考えられています。このようにオスの装飾が進化するプロセスを異性間性淘汰(いせいかんせいとうた)と呼んでいます。ただしクジャクやグッピーなどの鳥や魚においては、実際にメスが美しいオスを選り好んで交尾することが実証されていますが、昆虫においてはまだよくわかっていません。またアカシジミのようにオスメスでほとんど色やかたちが変わらない種もたくさんいます。

昆虫のオスは多くのメスを獲得するために、強さや美しさを高めるように競いながら進化してきました。性淘汰の概念は、進化論・自然淘汰で有名なイギリスの博物学者チャールズ・ダーウィン(1809-1882)が提唱しました。昆虫は種数・個体数が多いのでこのような進化生態学の研究材料としても大変優れています。
(2)擬態
 昆虫のなかには体のかたちや色、模様を樹皮や木の葉などに似せて天敵から身を隠すものがいます。これを隠蔽的擬態(いんぺいてきぎたい:いわゆる保護色)といいます。木の枝そっくりのナナフシはもちろん、派手な色彩のタマムシも実際の野外の生活環境のなかでは背景にとけ込んで上手に姿を隠しています。
幼虫期に有毒な物質を含む植物を食べている種は成虫になっても体内にその毒を保有しており、天敵の鳥などがこの虫を捕食するとまずくて吐きだしてしまうものがいます。このような味の悪い種は鮮やかで派手な色彩をしていることが多いです。これはいったん味の悪さを経験した天敵が、色の鮮やかさと関連づけて学習するため、再びその種を襲わなくなる効果があります。
 このような色彩やデザインを警告色(警告シグナル)と呼びます。たとえば多くのハチ類は黄色と黒の縞模様を持ち、自分が有毒で危険であることを警告しています。また多くの蝶類が美しいのは、自分は効率の悪い餌である(速く巧妙に飛ぶので捕らえにくく、苦労して捕らえたところで食べられる部分=胴体が小さい)ことを警告して捕食者に攻撃を思いとどまらせているのだという説もあります。
また有毒で警告色を持つ昆虫(モデルといいます)に、無毒な昆虫(擬態者またはミミックといいます)が姿を似せて、天敵の誤認によって身を守る方法を標識的擬態(ひょうしきてきぎたい)と呼びます。毒針を持たないアブの仲間には、ハチそっくりの黄色と黒の縞模様を持つ種はたくさんいます。
 今回の展示のなかで、アサギマダラ(マダラチョウ科)は警告色、カバシタアゲハ(アゲハチョウ科)は標識的擬態の好例です。まったく系統の異なるこの2種がここまで類似するのは、少しでもよく似ている擬態者ほど、生き延びる確率が高いという自然淘汰の長い蓄積があったからでしょう。つまりこれほど似ていないと見破ってしまうほど識別能力の高い天敵(主に鳥類)の脅威が常に存在し、擬態者との間で共進化(軍拡競争)してきたことを暗示しているのです。
(3)ふしぎな形・美しい色
世界の昆虫には何でこんなかたちをしているのだろう、どうしてこんなにきれいなのだろうと思わせるものがたくさんあります。擬態や警告色で説明がつくものも多いのですが、なかにはまだ説明のつかないものもたくさんあります。特に熱帯地方にはとんでもなく大型で、われわれ日本人の感覚では想像がつかないような姿をした昆虫がたくさんいます。ここでは昆虫の色とかたちの不思議を見て、楽しんでいただきたいと思います。
(4)個体変異と地理的変異
われわれ人間の顔が一人一人異なるように、一見どれも同じに見える同種の昆虫のなかにもさまざまな違い(個体変異)がみられます。同じ生息場所にすむ個体間の変異ばかりでなく、同じ種でも違う地域に住んでいるものの間の違い(地理的変異)があります。さらにこのような変異が拡大していくと別の種へと進化(種分化)が起こります。この展示では個体変異や地理的変異の大きな昆虫を見くらべながら新たな種が生まれる過程を考えます。
 ミヤマカラスアゲハやメガネトリバネアゲハのように、広い地域に分布している種は、各地域個体群ごとにその場所の異なる気候や植生によって自然淘汰を受けます。その結果としてそれぞれの環境への適応が進むだけでなく、同時に対立遺伝子が偶然によって固定する遺伝的浮動も働くため、地域個体群はそれぞれ独自の進化を遂げ、地域個体群間の差異は拡大していきます。地理的な障壁(海峡や高い山脈など)によって地域個体群間の個体の交流(遺伝子流動)が失われると、それぞれは別種へと進化する道を歩みます。生物の進化は過去に起こった出来事ではなく、今でも起こり続けているのです。

香川大学農学部昆虫学研究室(安井行雄)