特別展示 大屋 崇博士のトリバネアゲハコレクション

三豊総合病院(香川県観音寺市)の元副院長である大屋崇博士は心臓外科医としても著名な方ですが、同時にニューギニアを中心に分布する世界最大・最美の蝶類であるトリバネアゲハ類の研究者・収集家としても世界的に知られています。1983年には大著「トリバネアゲハ大図鑑(講談社)」を出版され、その後も精力的に活動されています。今回は大屋先生の特別のご厚意からお借りすることのできた標本を展示します。
トリバネアゲハの色彩は何のため?
トリバネアゲハ類はいずれも幼虫が有毒なウマノスズクサ科植物を食べており、体内にその毒成分を蓄積しています。オスの美しい色彩は捕食者に対する警告色として理解できますが、ではどうしてメスは派手にならなかったのでしょうか。美しいオスをメスが選り好みする(異性間性淘汰)かどうかはまだ実証されていません。
種1 メガネトリバネアゲハ (8亜種を展示)
学名 Ornithoptera priams (Linnaeus, 1758)
分布 ニューギニアを中心に、西はモルッカ諸島南部から、東はソロモン    諸島まで、北はワイゲオ島から南はオーストラリアの東海岸まで

メガネトリバネアゲハは真正トリバネアゲハ属Ornithopteraのなかでも最も分布の広い種で、色彩や翅型、サイズなどさまざまな地理的変異を示すことから、多くの亜種に分けられています。今回の展示では、亜種間のサイズの違いと色の違いを実物の標本で確認し、生物が異なる地域に分布を広げていく過程で、その場所ごとの異なる環境から自然淘汰を受け、遺伝子の偶然による固定(遺伝的浮動)も伴って、新たな種へと進化していく過程を見ていただこうと思います。
種2 アカメガネトリバネアゲハ (2亜種を展示)
学名 Ornithoptera croesus Wallace, 1859
分布 北モルッカ諸島のうちバチャン島、ハルマヘラ島、モロタイ島ほか

 トリバネアゲハ属メガネトリバネアゲハ亜属Ornithoptera( Ornithoptera )は現在のところ3種、メガネトリバネアゲハO. priamus (標本①~⑧)の他、オビトリバネアゲハO. aesacus (標本⑪)と本種アカメガネトリバネアゲハ(標本⑨⑩)が含まれます。本種はOrnithoptera亜属の分布上北西限に当たる北モルッカ諸島だけに生息します。トリバネアゲハ全種中でオスがオレンジ色になるのは本種だけです。発見者はC.ダーウィンと並んで進化論(自然淘汰説)を発見した博物学者A.R.ウォーレス(1823-1913)で、初めてこの赤いトリバネアゲハを採集したとき、興奮のあまり気絶しかけたと自伝「マレー諸島」(1869)で述懐しています。バチャン島の原名亜種croesus(標本⑨)はオビトリバネまたはメガネトリバネとの近縁を示唆するように緑色の光沢がありますが、ハルマヘラ島の亜種lydius(標本⑩)はよりはっきりとしたオレンジ色です。
種3 オビトリバネアゲハ (1亜種を展示)
学名 Ornithoptera aesacus Ney, 1903
分布 モルッカ諸島オビ島

 モルッカ諸島オビ島のみに分布するオビトリバネアゲハ(標本⑪)は明るい水色になる小型種です。隔離されたしかも小地域という特殊な環境内で種分化していったものと考えられています。生息地が狭いので開発や環境破壊による絶滅が心配されています。
メガネトリバネアゲハの地理的変異と種分化

南モルッカ諸島(セラム島近辺)地域で端を発したと考えられるメガネトリバネアゲハの祖先は、東と南東へ次第に分布を広げていったと推測されます。

サイズの違い
セラム島・アンボン島に分布する原名亜種priamus(標本①)は全亜種中最も大型ですが、ニューギニア本島に分布する亜種poseidon(標本④)、オーストラリア東北岸に分布する亜種euphorion(標本②)、オーストラリア東岸に分布する亜種richmondia(標本③)と南下する(南半球なのでだんだん寒くなる)につれて、だんだん小さくなっていきます。亜種richmondiaはすべてのトリバネアゲハ類中最も小さなもので、日本にいるアゲハチョウPapilio xuthusと同じくらいです。 richmondiaは幼虫の形態も他のメガネアゲハとは大きく異なるので、オーストラリアでは別種として認識されています。地理的変異が拡大していくと種分化につながるのです。
 
色の違い
セラム島の原名亜種priamus(標本①)やニューギニア本島の亜種poseidon(標本④)は本種の基本形である金緑色をしていますが、ニューギニア東北海上に位置するニューブリテン島の亜種bornemanni(標本⑤)になると青みがかってきます。その東北にあるデュークオブヨーク諸島(地図上で見えないほどの小島群です)の亜種miokensis(標本⑥)ははっきりと青緑色となり、ソロモン諸島の亜種urvillianus(標本⑦)はさらに青く、アオメガネトリバネアゲハとも呼ばれます。ニューギニア南東海上に位置するルイシエード群島の亜種caelestis(標本⑧)はposeidonから分化したものであり、⑤~⑦とは独立して進化したものと考えられます。東に行くほど青くなる(しかも独立して二度!)必然性があったのでしょうか。

香川大学農学部昆虫学研究室(安井行雄)